So-net無料ブログ作成
検索選択
警察カルトのバイブル(警察はカルト) ブログトップ

日本警察はカルトであると何度も述べているが、文献をあたるとどうしても日本警察はカルトであるという結論に至る。参考までに日本警察がカルトであるという証拠の一部を掲載することにした。 [警察カルトのバイブル(警察はカルト)]

日本警察はカルトであると何度も述べているが、文献をあたるとどうしても日本警察はカルトであるという結論に至る。参考までに日本警察がカルトであるという証拠の一部を掲載することにした。

笠野孝『注解 警察手眼』(立花書房、1989年)には、川路利良『警察手眼』(「警察手眼」復刻刊行会、1973年)ではあった大正13年の警視総監太田政弘の「序」が削られている。
削られているから、進歩したなどと考えるヒトがいるかもしれないが、警察大学校長仁平圀雄「推薦の言葉」『注解 警察手眼』(立花書房、1989年)には、ちゃんと「警察精神」という言葉があるのでお見逃しなく。それから、「警察精神」というのは、日本警察の伝統的な「警察精神」と読むべきであろう。「警察精神」については、このブログのどこかで書いたと思うので、ご参照ください。

笠野孝『注解 警察手眼』(立花書房、1989年)

川路利良『警察手眼』(「警察手眼」復刻刊行会、1973年)

※これらの書籍を書かれた方は、警察研究者(警察現職・警察OB等)です。日本の大学にもこういう警察研究者が山ほどいると思われます。一部、左翼系の研究者が警察を批判的に研究されていますが、警察カルト同様にイデオロギーの影がちらほら見え隠れするので、市民の目から見れば、目糞鼻糞です。市民の方が、普通に読むと、警察関係者の研究はカルト教団の教義の純化にしか見えません。また、左翼系の研究者の警察研究は異教徒の神を己の宗教の悪魔に据えるのに似ています。

※日本国憲法破壊を目的とした一連の警察の行動を見ると、日本国に仇するテロリスト集団は、日本警察というよりないと思います。犯罪取締り等の警察活動が、カルトの隠れ蓑(宣伝)となっていることが、この国のおまわりさん(警察官)の自殺等不幸な出来事の根源にあると思われます。

※機会があれば、『警察精神異常無し』という本を書いてみようかと思います。日本警察が鬱病で溢れていのは、戦前の「警察精神」が現在も変らず続いている(このことを「警察精神異常無し」と呼ぶ)からといった内容にしようと思います。←本を出すというのは冗談です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

『新しき警察のために―国家と警察』 [警察カルトのバイブル(警察はカルト)]

終戦間もない一九四六年(昭和二一)六月二一日、弘津恭輔に引率され警察講習所三八期本科学生一八一名と共に宮城(皇居)内の拝観と勤労奉仕に出かけ、作業終了時に「慰労の恩召による御紋章入りの煙草を賜わ」ったある兵庫県警察幹部は、「新日本再建の核心は天皇に在ると信じております。私達は覚悟を新にして皇國を護持し、平和国家を建設して聖慮を安んじ奉らねばならないと存じます。」 と、決意した。
このような警察官の志気高揚―組織内部世論の構築―のために一九四九年(昭和二四)、警察大学校教頭(のち校長)弘津恭輔(弘津はその後、国際勝共連合=世界平和教授アカデミー理事、教科書正常化国民会議理事などを勤めた)が、『新しき警察のために―國家と警察』 を著し、戦後始めて警察精神の問題を取り上げた。終戦後、日本警察が民主化され、まだ日本に自治体警察があった頃に出版されたこの本は、かなりの数の版を重ね、当時、警察官の間で「警察官のための魂の書」として読まれたという。
弘津が、その「序」で「新しい警察制度が確立されて以来、警察法や警察制度に付いては多くの有益な著作が公にされたが、警察の本質、理念の問題や警察精神等の問題に付いては、未だ公刊された書物が見当たらない様である」 と述べているように『新しき警察のために』は、敗戦後、始めて警察精神に関する問題について書かれた書物であった。
弘津は、「日本国家と日本国民統合の象徴として天皇の御地位を考えるならば、『陛下の警察官』と云うことは、『日本国家と日本国民の警察官』と云うことゝ実体は同じではないのであろうか」 と述べる。これは、松井茂が「欧米諸国と我国とは国情を異にし、殊に国体上において大いに異なるものあることは言うまでもない。我国の警察官として『陛下の警察官』ということは忠君的であり、『九千万国民の為』ということは愛国的であって、忠君と愛国とは、我国体の上では同一の結果となるのである。乃木将軍の自刄や、爆弾三勇士の犠牲的精神のごときは、欧米人の頭脳では、正当に理解し難い。従って、日本の警察官は、陛下の警察官なりと言っても、彼等にはその真意義が判らないのである。」 と述べたことを正統に受け継いだものといえる。
また、弘津は「吾が民族国家に於て、皇室が国民尊崇の中心として二千年以上続いて来たことは、単に偶然とは謂われない深い意味を持っていることゝ思う。天皇制は決して権力によって維持されたものではない。天皇制が真理と正義に合して居なかったならば、二千年以上も歴史に生きつゞけることは不可能である」 と天皇制の正当性を強調した。
そのような考えを述べた後、弘津は、「嘗ては天皇陛下の警察官と自ら称し、またそれを信じ、それに誇りを感じていた警察官が、新しい憲法によって『公共の奉仕者』として規定され、日本国家の主権者は天皇ではなくして、吾々国民であると聞かされる。それはあまりにも大きな変革であり、正に警察精神界の革命である」 。と、「天皇陛下の警察官」が「公共の奉仕者」になったことを「警察精神界の革命」と位置づけた。
弘津は、「天皇陛下の警察官」から「公共の奉仕者」になったことを「警察精神界の革命」と呼ぶが、これは、松井が「暗示には簡潔の言葉が必要にして、情意投合とか、肝膽相照すとか、以心伝心とか、警察の民衆化とか、何れも皆其の一例である。」 と考え、群衆(巡査)に対する暗示として使用した「天皇陛下の警察官」というスローガンと同様の意味しか持たないのであれば、「天皇陛下の警察官」が「公共の奉仕者」になったところで、暗示のためのスローガンが替わっただけで、本質的な意味の変化はない。ただ、組織内部世論の再構築のために、暗示にかけられた群集に対して、「天皇陛下の警察官」と「公共の奉仕者」が同一であるとの新たな暗示が必要となったにすぎない。
戦前の日本警察がもっていた警察官は武士であり、武士によって警察機関が構成されているという警察のイメージが、終戦によって、日本警察が解体され自治体警察となり、警察の民主化によって、警察官は公僕であるというイメージが新たに形成されようとしていた。そのため、戦前から警察組織を構成していた警察官が有する世論―警察組織内部世論―と警察外部の世論との不一致が現象し、新たに警察官になり警察組織内部に入る者が、反応している社会像(ステレオタイプの体系)を変える努力が必要となり、「新しき警察のために」が書かれ、新たな警察官教育が展開されていくこととなったと考えられる。

弘津恭輔(ひろつきょうすけ):1943年(昭和九)東京帝大法学部政治学科卒業。内務省に入り、内閣参事などを経て、戦後群馬県警察部長、警察大学校教頭・校長、東北九州各管区警察局長、公安調査庁調査第一部長、総理府総務副長官を歴任、1969年(昭和四十四)退官。綜合研究所研究員、国際勝共連合=世界平和教授アカデミー理事、教科書正常化国民会議理事、政治評論家。『共産主義運動の研究』『新しき警察のために』『政治思想史概論』『マルクス・レーニン主義とその批判』『共産主義批判入門』。弘津は、その「序」で「新しい警察制度が確立されて以来、警察法や警察制度に付いては多くの有益な著作が公にされたが、警察の本質、理念の問題や警察精神等の問題に付いては、未だ公刊された書物が見当たらない様である」(弘津恭輔『新しい警察のために―國家と警察―』立花書房、1949、3頁)と述べているように『新しき警察のために』は、敗戦後、始めて警察精神に関する問題について書かれた書物であった。いわば戦後警察カルトの新約聖書である。

「警察カルト」
警察が共産主義者を襲ったとき,自分はやや不安になった.けれども結局自分は共産主義者ではなかったので何もしなかった.それから警察は社会主義者を攻撃した.自分の不安はやや増大した.けれども依然として自分は社会主義者ではなかった.そこでやはり何もしなかった.それから学校が,新聞が,国民全てが,というふうにつぎつぎと警察の手が加わり,そのたびに自分の不安は増したが,なおも何事も行わなかった.さてそれから警察カルトは外国を攻撃した.私は警察化された日本人であった.そこで自分は外国を攻撃した.しかし,そのときにすでに私は、自分ではなかった.


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:日記・雑感

警察官のバイブル [警察カルトのバイブル(警察はカルト)]

佐々淳行は『新しい監督者論』のなかで人間の生さ方についての理想について、「どういう生き方が人間として立派な生き方であるかということに確乎とした人生観を持ち、過去に生きた英傑偉人、あるいは身近な先輩友人などの中に、尊敬すべき理想の人生態度を求め、それを訓材として部下に向って語るとよい。自分を偽らない、自分に忠実な生き方にも美しさがあり、他人に忠実な献身と自己犠牲に終った生涯にも同時にこれを違った美しいものがある。自分の好みに合った理想の人生を送った人を求める道は、歴史や伝記を読むことである。」 と述べている。
日本警察には、川路利良という偉人がいる。一九九九年九月以降、神奈川県警察における一連の不祥事が発覚し、警察組織の腐敗が問題視されるようになり、警察組織の腐敗を警察の倫理観の衰退に結びつけて語られる機会が増えた。そんな最中の一九九九年一〇月一一日(月)、鹿児島市にある鹿児島県歴史資料センター黎明館で、「大警視の近代警察創設に果たした役割と現代に生きるメッセージ」(鹿児島県警主催、読売新聞社後援)と題した川路利良 没後一二〇年記念シンポジュウムが開かれた 。その席上、元警察大学校長武藤誠氏は、「川路の思想は、廉潔、勇気、弱者の味方という『侍精神』で裏打ちされていた。それが現在まで続く日本警察の精神的支柱だ。」と川路の思想を評価した。また、鹿児島大法学部教授原口泉氏は、川路の業績を評価したうえで、「警察は『倫理観に裏打ちされた全国組織』でなければならない。」と提言した。
しかし、この日本警察の偉人川路利良は、洋行中、パリに向かう列車の座席で用を足し、自分の糞便を新聞紙に包んで窓から投げ捨て、パリ到着の翌日の新聞に日本人が列車の窓から糞便を投げ捨てたに違いない―糞便を包んだ新聞紙が和文であったため―と書かれる という珍事を起した人物であった。
日本警察には、この川路の思想を伝える『警察手眼』という聖典がある。一八七六年(明治九)に著された川路利良述・佐和正校閲・植松直久編纂の『警察手眼』は、「警察精神の源」といわれている。『警察手眼』は、川路が明治初年に部下に対して行なった訓示を集めたもので、明治九年九月下旬の丁野遠影の緒言(はしがき)によると、「手眼」とは「手快眼明」の意味とあり、「手快眼明」とは「手にとっては気持ちがすっきりし、読んでは明瞭である」という意味であった。
そして、『警察手眼』は、大正一三年に増版されたときに付けられた警視総監太田政弘の序文では、「一面千古に通ずる人生の真理が籠もってゐる、實に夫の基督教に於けるバイブル、囘々教に於けるコーランにも比すべき『警察の聖典』なりと云ふも失当の言でないと信ずる。」 と、「警察の聖典」となるのである。また、一九七三年に復刻された『警察手眼』では、「一世紀を経た今日においても、文字と文章の難解さを除けば、そのまま通用するという点にあろう。いや、むしろ物質至上主義のはびこる今日こそ、この訓示の精神は大いに尊重されるべきであろうと考える。ともあれ、これほどの名著が、昭和三年以降は版を重ねることなく、埋没したままになっていたのである。そこで当会は、警視庁創設百年を迎えるに当り、この″警察官のバイブル″ともいわれる名著を復刻刊行し、全国の警察官諸兄に贈るものである。」 と、「警察官のバイブル」となった。さらに、一九八九年には、『警察手眼』の現代語訳版が出版された。
さらに、日本警察では川路を顕彰する儀式も行なわれている。川路没後五〇年目にあたる一九三一年(昭和六)九月三日、鹿児島県鹿児島市皆与志町に誕生地碑が建立された。麑城警友会懇談会が中心となって、建碑期成会をつくり、趣意書を公表して、各方面にはたらきかけて七千八百円を集め、川路利良誕生地の敷地を買いとり、道場を設けるとともに、比志島巡査駐在所を設置した。また、一九七六年(昭和五一)には、新たな記念碑が建立され、一九七七年(昭和五二)、当時兵庫県警察本部長であった武藤誠氏が、兵庫県警察機関紙『旭影』のなかで、「一昨年は、明治のはじめに鹿児島県出身の川路大警視によって近代警察制度が創設された百年目の記念すべき年にあたったので、彼の地で、大警視生誕の地である市内皆与志町の比志島の旧宅跡に記念碑をたてて、その功労をたたえると共に、業績を長く後世に伝えることを配慮しました。・・・記念碑除幕式の当日に地元皆与志小学校の生徒たちも参集してくれて我々を歓迎してくれました。」 と記している。
そして、一九七九年(昭和五四)一〇月一三日(川路利良の命日)、川路利良の「没後百年際」が誕生地記念碑前で催された。「警視総監國島文彦氏の花輪・警察音楽隊・警察学校生徒・皆与志小学校生徒・校区民こぞっての参加神事に始まり橋本警務部長講演・音楽隊の吹奏・式後、皆与志小学校までパレード」 し、剣道大会を開催した。また、一九八一年(昭和五六)には、鹿児島西警察署創立一〇周年記念碑に「声無きに聞き形無きに見る」という『警察手眼』の言葉を記した。
一九八三年(昭和五八)には、警視総監下稲葉耕吉氏が、肥後精一氏の著書『明治のプランナー大警視川路利良』(南郷出版,一九八四)に序文を寄せ、「川路大警視は、日本警察にとって永遠の至宝である。明治維新の動乱のさ中大警視が築かれた業績は、あまりにも偉大であり、百十年の歳月を経た今日においてその重量感は益々しりと伝わってくる。なかでも『声なきに聞き、形なきに見る』と喝破した不滅の遺訓『警察手眼』は、全警察官の心のよすがとして綿々と生き続けている。」 と述べた。
これらのことから、現在の警察が川路利良を非常に高く評価していることや現在の警察内部に″川路利良の精神″が脈々と受け継がれ、日本警察という虚構の世界のステレオタイプの体系の中に生きつづけていることが伺える。このように川路利良に関する擬似イベントの生産は、今も政策的に行われている。

(「利己的動機による操作 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-20-26もご参照ください)
(「士気高揚―組織内部世論の操作―」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-20-25もご参照ください)
(「警察武士道が落とした国家の品格 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-30もご参照ください)
(「警察武士道の魂」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-29-2もご参照ください)
(「カルト(cult)の伝道師、おまわりさん 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-28-2もご参照ください)
(「近世の武士道と警察武士道」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-09-10もご参照ください)
(「心の闇」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-23もご参照ください)
(「日本警察カルト 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-16-2もご参照ください)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(2) 
共通テーマ:日記・雑感
警察カルトのバイブル(警察はカルト) ブログトップ